2013年07月19日
東京中野でのエイサー奉納 ~中野チャンプルーフェスタ2013~
●東京中野区エイサー連合会,夏越過ぎし新井薬師にて奉納エイサー
七月七夕(しちぐゎちたなばた) 中ぬ十日
二才達(にーせーたー)や 揃とてぃ 踊ゆさや
(仲順流り)
去る7月13,14日。東京都中野区にて,恒例の「中野チャンプルーフェスタ」が催されました。聞けば,今年で9回目とのこと。このエイサーまつりも,中野の夏の風物詩として定着してきた印象があります。
2日間とも,だいたい天候には恵まれた,というより,梅雨明け早々の猛暑日でしたが,中野区はじめ首都圏各地から集結したエイサー団体に加えて,福島いわき市と沖縄県沖縄市からそれぞれ1団体ずつが招聘され,皆,暑さに負けじと,商店街や広場で演舞しました。
自分,今年は2日目の午後,新井薬師での奉納エイサーから陪観いたしました。東京中野南風童エイサー(中野真南風エイサーの子ども会),中野区エイサー連合会,そして沖縄市から招かれた池原青年会の3団体が,境内広場でそれぞれの演舞を仏前に奉納しました。
当日の様子を写真とともにここにレポートします。
【中野区エイサー連合会】
近年,中野区で活動するエイサー5団体の選抜メンバーによって構成されたというのが,この中野区エイサー連合会。沖縄県下にも,北谷町青年連合会とか,浦添市青年連合会など,それぞれの市町村に存在する複数の青年会がコラボレーションした連合組織がありますが,ちょうどそれの東京中野版のようなものと考えればわかりやすいと思います。
聞くところでは,連合会のエイサーの演舞様式は,中野の各団体の型を取り入れつつ,どの団体メンバーにも受け入れやすい(踊りやすい)ように標準化した型になっているようです。
この中野チャンプルーフェスタは本土のエイサーまつりだけど,同じ都内の新宿エイサーまつりと比べると,本場エイサーの伝統に忠実だそうです。確かに,参加団体は例年,本場沖縄の青年会エイサーを強く意識しているところが多く,観る側としても,「東京に居ながらにして,本場沖縄のエイサーとほとんど同じものが見られる」とか,「中野駅北口商店街や路地の道ジュネーなどは沖縄での旧盆の雰囲気が疑似体験できる」という声もあるらしく,中野チャンプルーフェスタはエイサーが好きな人たちには大変好評です。
特に地元中野の常連にしてチャンプルーフェスタの中心的存在のひとつ,真南風エイサーは演舞の形などビジュアルを本場に忠実にするだけでなく,沖縄の青年会の核心になっている,「地域との結びつき」や「祖先供養としてのエイサー道ジュネー」など精神(チム)の部分をちゃんと理解することにも尽力し,それを彼らなりに消化(昇華)し,見える形で実践しているようです。エイサーの曲目に本土(地元)の伝統歌を入れていたり,カチャーシーの代わり(?)に東京音頭を敢えて取り入れているのは,「自分たちは沖縄の青年会エイサーを大前提にしているけれど,沖縄県ではなく東京発のエイサーなのだ」という意識のあらわれでしょう。
沖縄の伝統エイサーをベースとしつつ,本土ならではの伝統に準じて独自の進展を見せている本土のエイサー団体については,過去記事に書いていますので引用します。
2012/08/31
●地域の寺院,新井薬師の盆踊りにおいて,エイサーを奉納する東京中野真南風エイサー(2011年7月24日,東京中野区にて)
KIです。
こちらにアクセスするのは実に2年ぶりですが,本日2012年8月30日は旧盆ウンケーですね。
さて,今回は2年前に書いた,「本土の地域に根付くエイサー」を少し手を加えて再掲載し…
中野区エイサー連合会に続いて,本場沖縄から池原青年会の登場です。
【沖縄市池原青年会】
本場沖縄の青年会が中野チャンプルーフェスタに招かれるのは,今年で2年目。昨年は沖縄市安慶田青年会が招かれ,同じく新井薬師でエイサーを奉納演舞したそうです。
沖縄市の池原地区は,沖縄市でも北端にあたり,うるま市の具志川地区(旧具志川市)や石川地区(旧石川市)と隣接しています。そのためか,池原青年会のエイサーは確かに,沖縄市の他の青年会と同様,迫力ある太鼓や曲目など“コザのエイサー”に共通する特徴を十分に備えている(ある意味,当たり前ですが)反面,それだけではなく隣接する石川・具志川にあるエイサーにも通じる特徴も持っていたりします。
そんな特徴のひとつが下の写真(↓)
●池原青年会のケンケナー(鐘打ち)。今(2013年)となっては,沖縄市唯一の鐘必携のエイサーです。
見てのとおりの「鐘(カネ)」ですね。
今回はクバ傘被った鐘打ちが一人。よく響く鐘の音色で,境内いっぱいに広がるエイサーシンカ達の振りの音頭取りを担っていました。ここ池原青年会は,エイサーをやるときには必ず1~2名の鐘打ち。欠かすことのできないレパートリーなのだそうです。
そういえば,5年前。2008年の旧盆の夜,同会に出会ったときには,2名の鐘打ちが居ました。
もっとも,持っている鐘の種類が違っていましたが。
当時のレポートを引用します(↓)
鉦エイサーの中心は,金武町とうるま市石川地区だというのは先述したとおりですが,鉦エイサーの広がりはその周辺地域にもも及んでいます。まず紹介するのは,下に大太鼓の写真を示している沖縄市池原青年会です。
●池原青年会の大太鼓。2008年8月撮影
沖縄市ならではのパワフルな大太鼓・締太鼓と,扇子を手に踊る女子手踊りに混じって,2名の鉦打ちが確認できました。地図を眺めて見ると,沖縄市の池原地区は市の北端にあって,うるま市石川地区とも目と鼻の先,お互いすぐそばなんですよね。行政区分上,池原地区は沖縄市に属しているけれど,エイサーはすぐお隣の石川地区の鉦エイサーの影響を受けていたとしてもおかしくはないと思います。同じく石川地区と隣接する具志川の栄野比青年会(2008年はエイサーをしなかったらしい)のエイサーにも鉦打ちが2名いたとのこと(栄野比自治会の方に確認)で,大変興味深く思いました。
●クバ傘を被った池原青年会の鉦打ち。2008年8月撮影
また,沖縄市では池原地区の南隣にあたる,登川青年会にも鉦打ちが存在するらしいという話を聞いています。今までに登川エイサーの実物を2回ほど見る機会がありましたが,その2回とも鉦打ちを確認できませんでした。このあたりをはっきり確かめることが今後の課題だと思っています。
以上,過去記事『鉦エイサーを訪ねて』(2008年執筆)より一部抜粋
さて,2013年7月14日の新井薬師の奉納エイサーに話を戻しましょう。
●太鼓だけでなく,手踊りも充実しているのが本場沖縄の青年会エイサー
沖縄市池原青年会,はるばる琉球から武蔵國のど真中にまで遠征してきてくれて,お寺での奉納エイサーのトリをしっかりと飾ってくれました。
自分にとっては,今年最初のエイサー見学。シーズンの始まりから,事実上,沖縄市唯一の鐘エイサー(※)として個性を放つ池原青年会のエイサーを目の当たりにできたのは本当にラッキーだったと思います。
雲が増え,いささか暑さもしのぎやすくなってきた15時過ぎ,中野の街を見守る仏前でのエイサー奉納が終わりました。楽しくもあり,お寺という場所柄と鐘打ちから.エイサーのルーツにも触れることが出来たようなひと時でした。
●中野区エイサー連合会が,路地を道ジュネー
16時をまわるころ,今度は路地が入り組む昭和新道の店舗街にて,エイサーの道ジュネーが始まりました。ただ,奉納エイサーの祈りが効きすぎたのか,眼病だけでなく雨乞いのご利益もあるといわれる新井薬師。
道ジュネーが始まって,数分後にはパラつき始め,そして,ザーッ!とすごい勢いの豪雨になり,エイサーも一時中断。サンモール商店街のアーケードを南へと中野駅へと帰途を急ぐと,屋根のある駅前広場では,他のエイサー団体も大勢,雨宿り中。
中野チャンプルーフェスタ2013,カネと太鼓とフェーシを天まで響かせ,知らず知らずのうちに今年の水不足を未然に防ぐことにも,実は貢献したかもしれないですね。
2013,7.17 KI執筆
色不異空 空不異色 色即是空 空即是色・・
やあ、KIさん、中野ちゃんぷるーフェスタのリポートありがとう。
池原青年会がそっち来てたわけね。お寺のエイサーか、なかなか味だせているよ。
かねはきっと念仏の名残だろうね。
東京でもこれだけのものが見られるとは、オレもその場に居たかったぜ。
天まで届け、かねと太鼓と沖縄のココロ
これが恵みの雨になれることを祈ってるぜ。おつかれ、中野しんかと池原にーしゃーたー。
てことで、管理人シマがただいま公開許可
Posted by まほろば旅日記編集部 at 21:11
│エイサー2013